― 世田谷に伝わる、祈りと退魔のものがたり ―
むかし、世田谷の地に**鬼の仁左衛門(にざえもん)**と呼ばれる大男がいた。
元は山中に住む木こりであったが、ある日、深い山奥で見つけた不思議な石を手にしたときから、心がすさみ、力が異様に増し、顔は赤く腫れ、角のような瘤が生え始めた。
仁左衛門は己の変化を知りながらも山を下り、夜な夜な里に現れては物を奪い、声を上げては家々を震わせ、人々に「鬼」と恐れられるようになった。
村人たちは恐怖に震えたが、どうすることもできない。
そのとき立ち上がったのが、村の外れに祀られていた八幡宮の神官と修験者たちであった。
神前での祈祷が連日行われ、ある夜、神主の夢に八幡大神が現れこう告げた。
「この鬼、かつて正しき者なり。
数珠を持つ僧の念と、神の矢にて心を鎮めよ」
そのお告げを受け、八幡宮の前で鬼の仁左衛門を迎え撃つ儀が執り行われた。
炎を纏い、棍棒を振るう鬼が現れると、修験者は数珠を掲げて経を唱え、神官は神前から射た「破魔の矢」を鬼へと放った。
矢が命中し、鬼は呻き声を上げながらその場に崩れ落ちた。
すると体から赤い瘴気が晴れ、鬼の姿は元の仁左衛門へと戻っていた。
最後の力で涙を流し、「…すまぬ…」とだけ呟いて、息を引き取ったという。
その後、八幡宮の境内には三本の黒い爪と、断ち切れた数珠の玉が埋められ、今もひっそりと祀られている。
風の強い夜、その祠の前に立つと、どこからか仁左衛門の低い声が聞こえるとも言われている。
この物語は、世田谷周辺に古くから残る「八幡信仰」と「修験の祈り」、そして人の心の業をあわせもつ伝承のように語られています。
鬼はただ恐ろしい存在ではなく、かつては人だった――という教えも、この伝説に深く流れています。
