世田谷のおはなし

勝光院と火蛇の爪

戦国末期、世は混乱の渦中にあった。
世田谷の地に、ひときわ信仰厚き寺があった。名を勝光院。竹林に包まれたこの曹洞宗の寺には、ひとりの名高い僧が住んでいた。
その名を琳達(りんだつ)和尚という。

ある年の夏、和尚は近隣の小机(現在の横浜市港北区小机)にて、ある武家の葬儀を依頼された。世情不安な時代にあって、戦で斃れた者も、病で命を落とした者も、等しく弔う。それが僧としての務めだった。

その葬儀のさなかであった。

空が突如として黒く染まり、稲妻が地を裂き、天より**「火の蛇」**が現れた。
蛇は炎を纏い、宙をくねらせながら葬列へと迫った。
地を這う火、燃え盛る目、毒を吐くようなうなり声――。人々は恐怖のあまりその場を逃げ惑い、棺すらも打ち棄てんとした。

しかし琳達和尚だけは動かなかった。

ゆっくりと法衣の袖を翻し、懐からひとつの水晶の数珠を取り出す。
目を閉じ、静かに唱え始めた。

「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏…」

火蛇は吠えた。天を焦がし、竹を焼き払おうとした。だが、和尚の念が強くなるにつれ、その身は苦しげにのたうち回り、やがて断末魔の声とともに、虚空へと掻き消えた。

そのとき、天から黒く焦げた三枚の爪が舞い落ちた。
まるで火蛇が、地に己の痕跡を刻み残したかのように。

和尚はその爪と数珠を持ち帰り、勝光院の奥に封じた。
それ以来、人々はその爪を「火蛇の爪」と呼び、勝光院の七不思議のひとつとして語り継ぐようになった。

現在も、世田谷・宮ノ坂の竹林に囲まれた勝光院には、静かに火蛇の伝説が息づいている。
時折、風が笹を鳴らすとき、かすかに炎のうねりが聞こえるという。


📍補足:実際の勝光院では

  • 火蛇の爪とされる爪状の寺宝と水晶数珠が伝わっています。
  • 非公開のことが多いですが、特別行事の際に公開されることもあります。
  • 世田谷の歴史と伝説が交差する神秘的なスポットです。