世田谷のおはなし

御所桜 —世田谷に残る姫の祈り—

時は戦国の終わり、世田谷の地には名門・吉良氏が居を構える世田谷城があった。城の中でも最も静かな庭に、一本の枝垂れ桜があった。

この桜は「御所桜」と呼ばれ、吉良家の姫・**於松(おまつ)**が、春ごとにその下で和歌を詠み、琴を奏でたという。
姫は病弱で、戦の喧騒を嫌い、花が咲くたびに「いつかこの桜が、人を和ませる場所に根を下ろせばよいのに」と静かに願っていた。

やがて、時代は大きく動いた。天正十八年(1590年)、豊臣秀吉による小田原征伐。北条氏に連なる吉良氏もまた滅び、世田谷城は廃城となった。
炎と騒乱の中で、御所も焼け落ち、姫もまた行方知れずとなった。

しかし、御所桜だけは奇跡的に生き残っていた。
城が滅び、土地が荒れ果てても、根を張り続け、花を咲かせ続けた。

そして時は流れ、江戸が開かれる頃。荒れ地となった城跡にひとりの僧が立ち寄る。
その僧は、城のあった地に吉良家の霊を弔うための寺を建てようと考えていた。

「この桜……かつて、御殿に咲いていたと聞く。
 人を慰めるために、生き続けたのか」

そうして、御所桜は新たな寺の庭へと移された。
その寺こそが、今の豪徳寺である。

御所桜は仏殿の前に植えられ、春ごとに見事な花を咲かせる。
人々はその下で笑い、写真を撮り、猫と遊び、かつての姫の願い通り「人を和ませる場所」となった。

今でも、桜の下に立ち静かに耳をすませば、
風の中に琴の音が聴こえるという。

それは、於松姫の祈りが、花とともに今も咲いている証なのかもしれない。


📍現在、豪徳寺の仏殿前には御所桜の子孫と伝わる枝垂れ桜があり、春には参拝客を優しく迎えています。
猫と桜と歴史の香りが交差する、不思議な春の風景です。

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