世田谷のおはなし

駒繋神社・駒繋ぎの松

―世田谷・下馬に伝わる源頼朝の伝説―

時は文治五年(1189年)、源頼朝は奥州の藤原泰衡を討伐すべく、鎌倉から兵を率いて北へと向かっていた。

その途中、多摩川を越えた小さな村の辺り――現在の世田谷・下馬の地にさしかかったとき、突然、激しい雷雨が軍を襲った。足元はぬかるみ、川は増水し、一行の進軍は止まってしまう。

頼朝の愛馬もまた、足を取られ暴れ出し、ついにはぬかるみに足をとられ、沢に落ちて命を落としてしまった。

頼朝は沈痛な面持ちで愛馬を見送り、その魂を鎮めるべく、すぐ近くの社に祈りを捧げることにした。社の傍らには一本の老松が立っていた。風雨にさらされながらも、その幹は太く、枝は堂々と空へと伸びていた。

「この松は、神のしるしであろう」

頼朝はその松に新たな馬の手綱を繋ぎ、甲を脱ぎ、静かに手を合わせて戦勝と武運長久を祈願した。

この時の祈りが届いたのか、奥州征伐は無事に成功し、のちにこの地の人々はその松を「駒繋ぎの松」と呼び、大切に守り伝えるようになった。

やがて、馬が落ちた場所を人々は「下馬(しもうま)」、再び乗り直した場所を「上馬(かみうま)」と呼ぶようになり、今日の地名へと受け継がれている。

時代が流れ、松は代を重ねて姿を変えながらも、社と共にこの地にあり続ける。今も静かに、かつての武将の祈りを見届けているかのように。


**現在の駒繋神社(世田谷区下馬4-27-26)**には、かつての「駒繋ぎの松」の後継木が静かに育っており、源頼朝の伝説とともにこの地の歴史を伝えています。

物語風の掲示や案内板もあるので、訪れれば一層その情景が目に浮かぶでしょう。