世田谷のおはなし

須賀神社の湯花神事

時は江戸の昔、まだこの地に医療も乏しかったころ、喜多見の里では長く続く病と災いが村人を苦しめていた。毎年のように疫病が流行り、農作物も不作が続き、人々は飢えと不安におびえて暮らしていた。幼い子どもや年寄りが倒れ、葬列の絶えぬ日々に、村には重苦しい空気が満ちていた。

そんなある年の正月、どこからともなく一人の修験者が村に現れた。痩身に法衣をまとい、手には錫杖と古びた数珠を持っていた。彼は須賀神社の社前に立ち、しばし黙祷を捧げると、集まった村人にこう告げた。

「火と湯をもって、穢れを祓うがよい。湯の花の煙こそ神への捧げものぞ。これより七日の儀をもって、清めの火を絶やすな」

その教えに従い、神社では大釜を据え、湯を沸かし、修験者とともに神職が祓詞を唱えながら笹の葉で湯を振りまいた。湯気は夜空へと立ちのぼり、榊の枝に宿る香気とともに村を包んだ。火は七日七夜絶やされることなく、村人は交代で火を守り、祈りを捧げ続けた。

七日目の夜、空を覆っていた雲が晴れ、星がひとつひとつ輝きを取り戻した。以後、疫病は収まり、春には田畑に緑が芽吹いた。村人たちはこの火と湯の力に深く感謝し、「湯花神事」として毎年正月七日にその儀式を執り行うことを決めた。

いまも須賀神社では、この湯花神事が受け継がれ、祈りの煙が夜空に静かに舞い上がっている。