世田谷のおはなし

招き猫の寺 ― 豪徳寺のはじまり

むかしむかし、江戸の西のはずれ、世田谷のはずれに、ひっりとした貧しい寺がありました。
その寺には一人の和尚と、一匹の白い猫が暮らしていました。名前は、たま。

たまは、寺の門のそばにちょこんと座り、日がな一日、前足をくねらせては人の方へと手を振るようにしていました。
村人たちは「なんだか人を招いているようだ」と笑いましたが、和尚は「たまはこの寺の守り神だ」と、たいそう可愛がっていました。

ある夏の日、寺の前を一団の武士が通りかかりました。
空をにらむようにしていたその中の一人――甲冑をまとった立派な男は、井伊直孝という彦根の殿さま。

急な雷雲に気づいた直孝は、ふと寺の門に座る猫がこちらに手招きをしているのに目をとめます。
不思議に思い、家来たちとともに寺へ入ると、まもなく空が真っ暗になり、激しい雷雨が荒れ狂いました。

和尚は茶をふるまい、殿さまたちは雨宿りをしながら心静かなひとときを過ごしました。
直孝は、あの猫が雷を知らせ、自分たちを救ったのだと悟り、深く感銘を受けました。

やがて雨がやみ、空が晴れたとき、直孝は和尚に申し出ます。

「この寺を、我が井伊家の菩提寺としよう。猫に招かれしこの縁、決して忘れぬ」

こうして寺は栄え、猫は「福を招く猫」として人々に語り継がれました。
のちにその猫は天寿をまっとうし、和尚はその姿を模した木像をつくり、寺に安置しました。
それが、今日まで伝わる「豪徳寺の招き猫」のはじまりとされています。